空白は贅沢を守るためのスペース。

余暇。を生かすために、
僕があえて空白。を先に作る理由。

僕にとっての贅沢。は、
余暇。だと思っている。

何もしない時間。
散歩できる時間。
読書できる時間。
考えごとができる時間。
思いついたことを試せる時間。
書ける時間。
弾ける時間。

そういう時間が、
僕にとってはかなり大事だ。

でも、余暇。は
放っておくと自然に生まれるものではない。

むしろ、放っておくと
たいていのものは埋まっていく。

予定もそうだし、
タスクもそうだし、
部屋もそうだし、
収納もそうだし、
気持ちまでそうだと思う。

だから僕は、
空白。は最初から作っておくものだと考えている。

余白。は、
整えた結果として残るものだと思う。
副産物として、
たまたま生まれることもある。

でも、空白。は違う。

最初から、
意志を持って空けておくものだ。

一番わかりやすいのは、
スケジュールかもしれない。

僕は基本、
予定を詰め込みすぎない。
休日も、なるべく最初から空けておく。

何かを入れようと思えば入れられる。
でも、
入れられるから入れる、にはしない。

予定で埋まった休日は、
休みというより、
多忙の延長だと思う。

僕にとって、それは余暇ではない。

タスクも同じだ。
溜めすぎない。
抱えすぎない。
常に少し空けておく。

物もそうだと思う。

持ちすぎると収納が埋まる。
収納が埋まると部屋が埋まる。
部屋が埋まると、
気持ちまで詰まってくる。

だから僕は、
本当に必要な量を把握して、
最初から空白のスペースを残しておきたい。

大事なのは、
余ったから空白になる、ではないことだ。

先に空けておく。
先に使わない領域を決めておく。
そのうえで、
残りの中で暮らしを設計する。

その空白。があるから、
少し試してみよう、ができる。
急な変化も受け止められる。
寄り道もできる。
散歩も入る。
読書も入る。
何もしない時間も置いておける。

人によっては、
こういう空きは
ただの暇。に見えるかもしれない。

でも僕にとって空白。は、
何もない場所ではない。

散歩や読書や考えごとが
入ってこられるように、
先に空けておく場所だ。

だから空白。は、
無駄な空きではない。

何かを守るために、
あえて何も入れない場所だ。

放っておくと埋まっていく時代だからこそ、
この空白。は
意識して作らないと残らない。

でも逆に言えば、
最初から空けておけば、
地味なものがちゃんと贅沢になる。

散歩もそうだ。

予定とタスクで埋まった一日の隙間に
ねじ込む散歩と、
最初から空白。の中に置いてある散歩では、
味がまるで違う。

同じように歩いていても、
後者の方がずっと豊かだと思う。

空白。は、
何もしないためだけのものじゃない。

本当にやりたいことが
入ってこられるようにするための、
入口でもある。

だから僕は、
余白。を作ろうとする前に、
まず空白。を作っておきたい。

先に空ける。
先に詰めない。
先に隔離しておく。

空白。は、
贅沢を守るためのスペースなんだと思う。