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途中哲学。

完成ではなく、循環を生きる。
僕は、そういう生き方を選んでいる。

自然は循環している。
季節も、天気も、植物も、星も、命も。
その一部である人間もまた、完成ではなく、途中の中にいる。
思想も、暮らしも、創作も、きっと同じだ。

僕は、何かを「完成させる」ためだけに生きたいわけじゃない。
考え、暮らし、書き、整え、また考える。
その繰り返しの中で、少しずつ精錬されていくものを信じている。

途中。だから、余白がいる。
途中。だから、変化できる。
途中。だから、新しい思想を受け取れる。
途中。だから、また歩き出せる。

僕にとって哲学は、答えを固定するものではない。
暮らしに滲み、流儀になり、言葉になり、作品になり、
やがてまた次の種になるものだ。

このページは、その原点を置くためのページ。
僕が現実に暮らし、考え、作り続けていることの、最小の証明である。