円楯。とは、
余暇。を守るために、
お金と労働を整える、
僕の生活防衛の考え方である。
お金は、
目的ではない。
暮らしを守るための盾である。
働くことも、
稼ぐことも、
貯めることも、
増やすことも、
それ自体を中心には置かない。
中心にあるのは、
どう暮らしたいかである。
朝に散歩して、
読書して、
昼はギターを弾いて暮らす。
その余暇。を守るために、
お金と労働の形を整える。
円楯。は、
お金を不安の穴埋めにしない。
必要な生活費を知る。
守るべき暮らしを決める。
働く時間を整える。
投資や貯蓄の仕組みを作る。
そして、
必要以上にお金へ意識を奪われない形へ近づける。
ここでも、
知足。を使う。
最小化。によって、
必要な生活費を知る。
最大化。によって、
お金や仕組みが守ってくれる範囲を知る。
単純化。によって、
続けられる働き方や資産形成の形を決める。
相場を見張るのではなく、
仕組みが機能しているかを見る。
不安で増やすのではなく、
納得して整える。
円楯。とは、
余暇。を諦めないための盾である。
軽くて、
頑丈で、
持ち続けられる盾。
その盾を整えることで、
暮らしの中心を、
お金ではなく余暇。に戻していく。
途中。
この記事は、
「円楯。」を、
お金と労働を整える生活防衛の思想として定義した、
現段階での原稿。である。
核にあるのは、
円楯。とはお金を目的にすることではなく、
余暇。を守るための盾として扱うことだという整理である。
現時点では、
円楯。は、
生活費、働き方、貯蓄、投資を、
余暇。へ向かう暮らしのために整える領域だと考えている。
次に考えるなら、
昼までの雇用労働、
積立投資、
生活費の基準、
年一回の投資額調整を、
日記。や記録。へ流すところから始める。
要約するなら、
円楯。とは、
暮らしと余暇。を守るために、
お金と労働を軽くて頑丈な盾として整えることである。