スーパーサイヤ人を、普通の状態にする。
僕の鍛錬。の原型は、たぶんここにある。
『ドラゴンボール』のセル編で、悟空と悟飯が精神と時の部屋で修行していた時、ただ強い変身を目指すのではなく、スーパーサイヤ人の状態そのものに慣れようとしていた。
特別な状態を、特別ではなくする。
力んで出していた力を、自然に出せる状態にする。
僕はこの考え方が好きだ。
普通を強くする。
僕は、一時的に強くなることより、普通の状態を少しずつ強くしていく方が大切だと考えている。
最初から大きな負荷はかけない。
今の自分にとって、少しだけ負荷がある程度から始める。
そして続ける。
続けていると、その負荷に慣れてくる。
最初は少し大変だったことが、いつの間にか普通になる。
そこで初めて、一段か二段、階段を上げる。
また続ける。
また慣れる。
僕の鍛錬。は、その繰り返しだ。
亀でいい。
兎と亀でいうなら、僕は亀でいいと思っている。
少しずつ。
ゆっくり。
でも、止まらない。
急いで大きく伸びようとすると、どこかで疲れる。
続かなくなることもある。
だから僕は、続けられる速度を選びたい。
そして、しばらく続けていると、どこかで物足りなさを感じる時が来る。
刺激が欲しくなる。
その時に、負荷を少し上げればいい。
苦しいから上げるのではなく、楽になったから上げる。
その方が、僕には合っている。
頑張らない事を頑張る。
根性論は嫌いではない。
むしろ好きな方だと思う。
歯を食いしばって踏ん張ることにも価値はある。
でも、それを毎日の前提にするのは現実的ではない。
ずっと限界に近い状態で動いていれば、いつか壊れる。
僕は、人生において壊れないことがとても大切だと考えている。
だから、頑張らない事を頑張る。
頑張らなくても続けられる形を作る。
続けているうちに、以前は頑張らなければできなかったことが、普通にできるようになる。
そうやって、普通の基準を少しずつ上げていく。
淡々と続ける。
インデックス投資は、淡々と続けられる人が強いと思っている。
学習も同じだ。
一日に何時間も勉強して燃え尽きるより、短時間でも毎日触れ続ける方が強い。
筋トレや運動も同じ。
仕事も、瞬間的に大きな成果を出すことだけではなく、安定して出勤し、稼働し続けられることに強さがあると思う。
僕は最大瞬間風速より、稼働率を重視しているのだと思う。
一度だけ大きく頑張る。
ではなく、
今日もやる。
明日もやる。
来週もやる。
気づけば、それが何年も続いている。
投資の複利のように、小さな積み重ねが時間とともに効いてくる。
鍛錬。も同じだと思っている。
余力を残す。
普通の状態を強くするということは、余力を持つことでもある。
仕事では、この感覚が分かりやすい。
僕は普段の状態でも、他の同僚より多くのタスクを処理できることがあり、それを評価されている。
だから、周囲が忙しいと感じている時でも、比較的落ち着いて仕事を捌ける。
それでも足りなければ、そこで初めてギアを上げる。
僕の中では、ドラゴンボールの界王拳に近い。
界王拳を常に使うのではない。
通常状態を鍛えておいて、本当に必要な時だけ一時的に出力を上げる。
普段から限界まで使っていたら、もう上げるギアは残っていない。
だから、余力を残す。
時間だけではなく、能力にも余白を持っておく。
鍛錬。と設計。
もちろん、これは鍛錬。だけで成り立っているわけではない。
設計。にも支えられている。
仕事なら、動線を考える。
優先順位を決める。
無駄な工程を減らす。
判断を単純にする。
能力そのものを鍛えるだけではなく、能力を無駄なく使える形に整える。
鍛錬。で自分の基礎性能を上げる。
設計。で無駄な消耗を減らす。
その結果、余力が残る。
この関係が、僕にはしっくりくる。
壊れないために。
僕にとって鍛錬。は、限界を越え続けるためのものではない。
壊れずに、長く動き続けるためのものだ。
強くなることより、
強くなり続けられること。
速く進むことより、
止まらず進めること。
最大出力を上げることより、
平常時の出力を少しずつ高めること。
そうやって、昨日まで少し頑張っていたことを、今日の普通に変えていく。
そして、普通になったら、また一段だけ上がる。
僕はこれからも、亀のように鍛錬。を続けていきたい。