僕は、暮らしを濃くしたい。
ただし、予定を詰め込んで、
忙しい一日を作りたいわけではない。
むしろ逆だと思う。
予定はできるだけ空けておきたい。
その余白の中で、
その時の僕が本当にやりたいことを選べる一日を増やしたい。
本を読みたければ読む。
歩きたければ歩く。
ギターを弾きたければ弾く。
何もしたくなければ、
何もしなくてもいい。
僕にとって濃い一日とは、
出来事が多い一日ではない。
自分で選んだ時間が多い一日なのだと思う。
一日は、24時間しかない。
一日は、誰にとっても24時間しかない。
これは変えられない。
時代も、
仕事も、
物価も、
人間関係も、
体調も、
気分も変わる。
暮らしには、
変数が多い。
だから僕は、
暮らしを固定しようとはあまり考えていない。
固定することは難しいし、
変化の大きい時代では、
なおさら難しいと思う。
その代わり、
変わることを前提にして、
自分で調整できる状態を残しておきたい。
僕は、
自分の暮らしのハンドルを、
できるだけ自分で握っていたいのだと思う。
外部の出来事まで、
僕がコントロールできるわけではない。
でも、
何を選ぶか。
何を捨てるか。
どこまで受け入れるか。
何を守るか。
そこは、
できるだけ自分で決めたい。
整理。する。
そのために、
僕は整理整頓。をかなり大切にしている。
整理整頓。は、
仕事でも暮らしでも、
すべての基本だと考えている。
物が多く散らかった部屋は、
片付けるだけでも大変になる。
けれど、
必要な物だけに整理された部屋なら、
掃除はすぐ終わる。
僕の部屋の掃除も、
数分で終わる。
仮に引越しをするとしても、
一時間もあれば荷造りできると思う。
これは、
物が少ないからというだけではない。
自分が何を持っているか、
どこに何があるか、
全体を把握できているからだと思う。
仕事も同じだ。
タスクを整理しておけば、
今どれだけ仕事を抱えているのかが分かる。
今日どこまでやるべきかも分かる。
似た仕事をまとめて、
流れで処理することもできる。
自分でやるべき仕事と、
他人に任せられる仕事も分けやすい。
やらなくてもいい仕事を、
捨てる判断も早くなる。
整理。されていれば、
決断そのものが軽くなる。
余白。を知る。
散らかった状態では、
余白。は見えにくい。
部屋の床と同じで、
物に埋もれていれば、
どれだけ空いているのか分からない。
暮らしも、
仕事も同じだと思う。
だから、
まず整理。する。
整理。すると、
どれだけ抱えていて、
どれだけ空いているかが見える。
そこで初めて、
余白。を知ることができる。
そして一度、
整理された状態を作れば、
あとは、
その余白。を埋めないという選択ができる。
僕は、
予定表を空白にしておくことが多い。
予定がないから暇なのではなく、
未来の自分の時間を、
今の自分が先に使い切らないためだ。
一週間以上先の、
他者とのプライベートな予定も、
基本的にはあまり入れない。
飲み会などもそうだ。
一週間後の僕が、
その日に何をしたいと思っているのか。
今の僕には分からない。
だから、
未来の僕の時間まで、
今の僕が勝手に決めすぎないようにしている。
空白だからこそ、
その時の自分が選べる。
僕にとって余白。は、
暇な時間ではない。
選択できる時間なのだと思う。
境界。を引く。
余白。が見えれば、
どこに境界。を引くかも決められる。
今日は、
ここまで仕事をする。
ここから先は、
明日に回す。
ここまでは、
他者に開く。
ここからは、
自分に残す。
整理。されていれば、
その線を引きやすい。
仕事でも、
どれだけ余白。が残っているか分かれば、
突発的な仕事を、
どこまで受け止められるか判断できる。
暮らしでも同じだ。
予定を増やせるのか。
物を増やせるのか。
新しいことを始められるのか。
何かを入れるなら、
何を外す必要があるのか。
境界。は、
外のものを拒絶するための壁ではない。
暮らしが、
必要以上に侵食されないための輪郭なのだと思う。
少なく働いて、濃く働く。
仕事についても、
考え方は同じだ。
僕は、
ただ働く時間を減らしたいわけではない。
少ない時間で、
濃く働きたい。
長時間職場にいることより、
その時間の中で、
どれだけ役割を果たせるかを考える。
必要な仕事を整理する。
優先順位を決める。
まとめられる仕事はまとめる。
人に任せられるものは任せる。
必要のないものは捨てる。
そうやって、
短い時間でも仕事を進める。
そして、
仕事が終われば暮らしへ戻る。
僕にとって仕事は、
暮らしそのものではない。
暮らしを守るための、
生活防衛。のひとつだ。
必要なだけ働き、
必要なだけ稼ぎ、
残った時間を、
自分の暮らしへ返したい。
稼ぐために、生きたいわけではない。
僕は、
稼ぐことに興味がないわけではない。
お金は欲しい。
生活に余裕があれば嬉しい。
自分の本や作品が売れれば嬉しい。
投資した資産が育つことも歓迎する。
ただ、
そのために長時間働き続けなければならない状態は、
あまり好まない。
僕が苦手なのは、
稼ぐことそのものではなく、
稼ぎ続けるために、
自分の時間を差し出し続けることなのだと思う。
「いくら稼げるか。」
よりも、
「どれだけ自分の時間を残したまま稼げるか。」
僕は、
そちらを考えることが多い。
だから、
投資もできるだけ単純にしている。
自動積立を設定して、
全世界株のような、
ひとつで広く分散できるものを好んでいる。
毎日のように相場を確認して、
判断し続ける必要はない。
僕が本を読んでいても、
歩いていても、
ギターを弾いていても、
裏側で動いていてくれればいい。
自分の作品や商品も、
似た形が好きだ。
僕は、
本を作ることに関心がある。
一冊を作って、
棚に置いておく。
僕がその場にいなくても、
必要な人が見つけて、
手に取ることができる。
そんな、
自動販売機のような売り方が好きなのだと思う。
自分がいなくても回るものは、
できるだけ、
自分がいなくても回るようにする。
そのぶん、
自分にしかできないことへ、
自分の時間を使いたい。
余白。を広げる。
余白。は、
整理。することで見つけられる。
そして、
境界。を引くことで守ることができる。
その上で、
僕は余白。を広げていきたい。
精鋭。で、
物や道具やサービスを見直す。
管理するものが減れば、
片付けや判断に使う時間も減る。
鍛錬。で、
自分の能力や習慣を育てる。
同じことを、
より軽く、
より短い時間でできるようになれば、
そこにも余白。が生まれる。
円楯。で、
お金や仕事や健康や防災を整える。
暮らしの防御力が上がれば、
何かに過剰に縛られる必要も減る。
整理。で余白。を見つける。
境界。で余白。を守る。
精鋭。、
鍛錬。、
円楯。で、
余白。を少しずつ広げていく。
そして、
僕はその余白。を、
余暇。に使いたい。
余暇。に使う。
読書をする。
散歩をする。
ギターを弾く。
料理をする。
キャンプへ行く。
映画を観る。
アニメを観る。
音楽を聴く。
ゲームをする。
考える。
書く。
僕にとって、
こういう時間は、
生活の残り物ではない。
むしろ、
こういう時間を守るために、
それ以外を整えているのだと思う。
だから、
一日の予定を埋めることが、
充実ではない。
一日24時間という限られた器の中に、
どれだけ自分で使える時間を残せるか。
僕は、
そこに暮らしの濃さを感じる。
暮らしを固定しない。
暮らしには、
変数が多い。
仕事も変わる。
体調も変わる。
興味も変わる。
環境も変わる。
時代も変わる。
だから、
一度決めた暮らしを、
ずっと固定しようとは思わない。
変わることを前提にして、
その都度、
整理。する。
余白。を見直す。
境界。を引き直す。
必要なら、
物も、
仕事も、
予定も、
習慣も組み替える。
暮らしを固定するために整理するのではなく、
変わっても、
自分で戻れるように整理する。
僕が欲しいのは、
何も変わらない暮らしではない。
変化の中でも、
自分で選び直せる暮らしだ。
暮らしのハンドルを、
できるだけ自分で握っておく。
そのために、
整理。して、
余白。を知り、
境界。を引き、
余白。を広げ、
その時間を、
余暇。として使う。
僕にとって暮らしとは、
たくさん抱えることでも、
たくさん予定を入れることでもない。
自分で選べる余白を残しながら、
一日を、
濃く生きることなのだと思う。