知足。|現時点での足るを知ること。

僕は、足るを知ることを、
我慢することだとは考えていない。

欲しいものを諦めることでも、
豊かさを遠ざけることでもない。

むしろ、

今の自分は、どこまであれば足りるのか。

その基準を知ることだと思っている。

だから僕にとっては、

「知足」

ではなく、

「知足。」

になる。

現時点での足るを知る。

僕の考える知足。は、
一度決めた基準を守り続けることではない。

暮らしは変わる。

収入も変わる。
年齢も変わる。
興味も変わる。
必要なものも変わる。

だから、

現時点での自分は、これで足りる。

と知り、決める。

そこに一度、
納得の楔。を打つ。

これで良い。
ではない。

今の自分には、
これで足りる。

この違いは大きいと思っている。

前者は、
場合によっては停滞にもなる。

でも後者には、
試行錯誤する余地が残る。

今は足りている。

その上で、

これを足せば、
もっと便利になるかもしれない。

もっと楽しくなるかもしれない。

もっと心地よくなるかもしれない。

では、それは本当に必要なのか。

そこを考えられる。

足る。を知っているから、足せる。

僕は、
足るを知ることと、
何も足さないことは別だと思っている。

暮らしは、
足すことで豊かになることもある。

新しい物。

新しいサービス。

新しい道具。

新しい体験。

それらを否定する必要はない。

大事なのは、

それがないと足りないのか。

それとも、

足りている暮らしを、
より良くするために足しているのか。

を分けて考えることだと思う。

例えば、
音楽のサブスクリプション。

音楽がなくても、
散歩はできる。

外を歩けば、
風の音がある。

鳥の声がある。

街の音がある。

それだけでも、
散歩は成立する。

だから僕にとって、
音楽サブスクは、
暮らすために必要なものではない。

でも、
音楽を聴きながら歩くことで、
散歩がより楽しくなることもある。

だから、

月に数千円を払って、
贅沢を一つ足す。

僕はそう考える。

足したものだと分かっていれば、外せる。

この違いを認識していると、
暮らしの管理がしやすくなる。

音楽サブスクは、
足る。ではない。

足る。の上に、
自分の意思で足したもの。

だから、

使わなくなった。

収入が減った。

他のことにお金を使いたくなった。

以前ほど価値を感じなくなった。

そんな時には、
外せばいい。

そして、

以前の足る。に戻る。

それができる。

一度生活水準を上げたら、
もう下げられない。

そんな状態には、
なるべくしたくないと思っている。

足る。の基準点を知っていれば、

必要なものと、

より良くするために足したものを、

分けて考えられる。

そして、
足したものは、
必要に応じて切り離せる。

怖いのは、慣れること。

僕が怖いと思うのは、

本来なくても困らなかったものが、
気づかないうちに
暮らしへ溶け込んでいくことだ。

多くの物やサービスは、
使い続けてもらうように作られている。

最初は、

あれば便利。

だったものが、

あるのが普通。

に変わる。

そして、

ないと困る。

と感じるようになる。

でも、
本当に困るのだろうか。

以前はなくても、
暮らせていたかもしれない。

ただ、
ある状態に慣れたことで、

足る。の基準そのものが、
無自覚に上がっているだけかもしれない。

ここは、
自分で意識しておかないと見えにくい。

便利になること自体が、
悪いわけではない。

ただ、
便利さには多くの場合、
別の何かが付いてくる。

お金。

管理。

維持。

更新。

保管。

選択肢。

判断する回数。

一つ増やせば、
何かしら別のものも増える。

だから僕は、

便利になるか。

だけではなく、

その便利さを維持するために、
何が増えるのか。

まで見るようにしたい。

最小化。で、足る。を確かめる。

だから、
僕にとって最小化。は重要になる。

物を少なくすること自体が、
目的ではない。

暮らしに溶け込んで、
必要に見えているものを、
一度観測する。

本当に要るのか。

なくなったら、
本当に困るのか。

これは、
暮らしを成立させるものなのか。

それとも、
暮らしをより良くするために
足しているものなのか。

そうやって切り分ける。

僕にとって最小化。は、

足る。の基準線を
見失わないための棚卸し。

に近い。

減らした結果、
やはり必要だと分かれば、
また足せばいい。

少ないことが正解なのではない。

自分にとっての足る。が
見えていることの方が大切だと思う。

知足。もまた、途中。にある。

足る。は、
固定されたものではない。

今の自分には足りる。

でも、
未来の自分には足りないかもしれない。

逆に、
今は必要だと思っているものが、
いつか要らなくなることもある。

だから、
知足。もまた途中。にある。

現時点で、

ここまでなら足りる。

と決める。

そこに「。」を打つ。

そして、
暮らしが変われば、
また観測する。

足りなければ足す。

余っていれば減らす。

必要なら入れ替える。

途中。で、
今の自分を観測する。

知足。で、
現時点の足るを決める。

最小化。で、
その基準に混ざったものを
一度切り分ける。

そうやって、
自分の暮らしの基準を、
自分の手元に置いておく。

僕にとって知足。は、

欲をなくすための思想ではない。

足る。を知っているから、
何を足したのかが分かる。

そして、

何を足すのか。

何を外すのか。

どこへ戻るのか。

それを、
自分で決め続けるための思想なのだと思う。