鍛錬。とは、
余暇。を長く深く楽しむ身体を作るための、
僕の習慣の整え方である。
鍛錬。は、
身体を追い込むことではない。
自分を厳しく罰することでもない。
暮らしを支えるために、
精神と身体の土台を維持することである。
歩く。
眠る。
食べる。
動く。
学ぶ。
休む。
その繰り返しによって、
暮らしの基礎体力を保つ。
余暇。は、
身体がなければ深く楽しめない。
散歩するにも、
読書するにも、
ギターを弾くにも、
日々を穏やかに過ごすにも、
身体と習慣の土台がいる。
だから鍛錬。は、
余暇。のためにある。
筋トレのための筋トレではない。
健康のための健康でもない。
暮らしを続けるための身体。
遊びを深めるための身体。
考え続けられる精神。
それらを維持するために、
習慣を整える。
ここでも、
知足。を使う。
最小化。によって、
必要な習慣を見定める。
最大化。によって、
動作や睡眠や食事の質を高める。
単純化。によって、
続けられる形に整える。
増やしすぎない。
削りすぎない。
続けられる密度にする。
鍛錬。とは、
暮らしを作る精神と肉体を維持する習慣である。
その習慣があるから、
余暇。へ戻ることができる。
途中。
この記事は、
「鍛錬。」を、
余暇。を長く深く楽しむために、
身体と習慣を整える思想として定義した、
現段階での原稿。である。
核にあるのは、
鍛錬。とは自分を追い込むことではなく、
暮らしと余暇。を支える精神と肉体を維持することだという整理である。
現時点では、
鍛錬。は、
運動、睡眠、食事、歩行、学習、休息を含む、
暮らしの基礎体力を整える領域だと考えている。
次に考えるなら、
現在の筋トレメニュー、
歩行、
睡眠、
食事の整え方を、
記録。や日記。へ流すところから始める。
要約するなら、
鍛錬。とは、
余暇。を長く深く楽しむために、
精神と身体の土台を維持する習慣である。