仕事で使っているカッターがある。
僕が買ったものではない。
まだ今の職場に入ったばかりだった頃、一人の社員からもらったものだ。
その人も、当時はまだ普通の平社員だった。
今では僕の上司になっている。
いつから使っているのか、もう正確には覚えていない。
ただ、ずいぶん長い。
段ボールを開ける。
紐を切る。
商品を処理する。
毎日のように使ってきた。
新品の頃がどんな姿だったのか、もうよく思い出せない。
特別に高価な道具でもない。
珍しいものでもない。
同じようなカッターなら、店へ行けば買えると思う。
でも、今使っているこの一本は、もう同じものには交換できない。
長く使ってきたからだ。
以前、こういうものを、
歴戦個体。
みたいだと思ったことがある。
同じ製品は買える。
でも、同じ個体は買えない。
僕の手元で使われた時間までは、新品には付いてこない。
このカッターには、仕事をしてきた時間がずいぶん染み込んでいる。
そして考えてみれば、この一本だけではなかった。
早番の日には、その上司が朝のコーヒーを奢ってくれることがある。
旅行へ行けば、地ビールを買ってきてくれる。
サンプルのお酒や食品を分けてもらうこともある。
給与明細には載らないものばかりだ。
僕が仕事。をする。
それを見て、相手が信頼してくれる。
その信頼を感じると、僕もまた、
この人の力になりたい。
と思う。
仕事をしていて受け取るものは、給料だけではないらしい。
もちろん、給料は大事だ。
昇給も嬉しい。
でも、仕事を長く続けていると、それとは少し違うものも積み重なっていく。
コーヒーだったり。
地ビールだったり。
何気ない一言だったり。
一本のカッターだったりする。
それらは、対価というほど明確ではない。
見返りを求めて仕事をしているわけでもない。
ただ、
ちゃんと見てもらえていた。
という痕跡のように感じる。
だから嬉しいのだと思う。
もし今の職場を辞めても、このカッターはたぶん使い続ける。
職場を離れれば、ただのカッターになるのかもしれない。
それでも僕にとっては、
誰からもらったのか。
どこで使ってきたのか。
どんな時間を一緒に過ごしたのか。
そこまで含めて、この一本だ。
新品に買い替えれば、もっと綺麗になる。
もっと切れ味のいいものもあるかもしれない。
でも、まだ使える。
そして、僕はまだ使いたい。
だから今日も、仕事へ持っていく。
長いこと使ってきたせいか、
もうほとんど手の一部みたいになっている。
歴戦個体。というのは、傷んだもののことではなく、時間まで持ち物になったものなのかもしれない。