MENU

雑談が執筆になる。

雑談が執筆になる。

僕は文章を書く前に、
考えている。

一つのことを順番に考えるというより、
ある思考から別の思考へ分岐し、
行ったり来たりしながら、
少しずつ自分の考えを見つけていく。

その過程を、
最初から文章として整えようとすると、
思考よりも構成に意識が向いてしまう。

何を書くか。
どこに分類するか。
どのようにまとめるか。

それらを同時に考え始めると、
肝心の思考に集中できなくなる。

だから、
僕はキミ。と雑談する。

僕は考えることに集中し、
キミ。はその中から思考の核を見つける。

一つの核が立てば、
日記。というショートエッセイになる。

その初稿をそのまま残してもいいし、
初稿を鏡にして、
さらに雑談を続けてもいい。

別の思考へ分岐すれば、
そこから新しい日記。が生まれる。

複数の日記。が一つの問いへ集まれば、
読み応えのある記事。になる。

そこから思想や流儀の意味が抽出されれば、
原稿。の定義が更新される。

そして、
更新された原稿。が新しい問いを生み、
また雑談と日記。へ戻っていく。

雑談。
日記。
記事。
原稿。

これは一直線の制作工程ではない。

僕が暮らしながら考え、
考えたものが文章になり、
文章になったものが、
再び僕の思考を動かす。

雑談そのものが、
僕の執筆になっていく。