通勤途中、稲の成長を眺めることがある。
田んぼというのは面白い。
何もないように見えた場所から、いつの間にか緑の葉が伸び、やがて稲穂が実る。
毎日じっくり観察しているわけではない。
ただ、同じ道を通っていると、その変化が何となく分かる。
そんなある日、稲のあたりで雀が羽ばたいていた。
小さな身体で、器用に飛び回っている。
何をしているんだろう。
虫でも捕まえているのかな。
雀は昆虫も食べると聞いたことがある。
農作物につく虫を食べているのなら、農家にとってもありがたい存在なのかもしれない。
そう思った。
しかし、調べてみると、雀は稲も食べるらしい。
なるほど。
稲泥棒だったか。
もちろん、僕が見かけた雀が実際に何を食べていたのかは分からない。
ただ、虫を食べて農家を助けているのだろうと思って眺めていたので、少し面白かった。
もしかすると、普通に米を食べていただけなのかもしれない。
働き者だと思ったら、泥棒の可能性が出てきた。
雀にも、いろいろ事情があるようだ。
お裾分けは、どこまでできるだろう。
僕は雀が好きだ。
公園で本を読んでいると、近くまで寄ってくることがある。
人に餌をもらうことに慣れているのだろうか。
随分と近い。
ただ、餌を与えようとは思わない。
僕が食べ物を与えなくても、雀は雀として暮らしているのだから。
そんな雀が稲を食べているかもしれないと知り、少し考えた。
もし、あの田んぼが僕のものだったら、どうするだろう。
雀が来ないように対策をするだろうか。
それとも、多少は食べてもらっても構わないと思うだろうか。
僕は後者でいたい。
せっかく育てた稲だけれど、全部を自分だけのものにしなくてもいいんじゃないか。
そんなことを思う。
ただし、実際に農作物を育てて生計を立てている人に、同じことを言うつもりはない。
収穫量は収入に直結する。
せっかく育てた作物を食べられれば、困るに決まっている。
農業は、そんなに気楽な仕事ではないだろう。
僕がのんびり眺めている稲穂の向こうには、誰かの労働と生活がある。
だから、これはあくまで僕自身が田んぼを持ったら、という話だ。
それでも気になる。
収穫のどのくらいまでなら、雀へのお裾分けとして受け入れられるだろう。
一割だろうか。
もっと少ないだろうか。
いざ自分で育てたら、一粒だって惜しくなるかもしれない。
「お裾分けくらい、いいじゃないか。」
なんて考えているのは、まだ何も育てていない人間だからなのかもしれない。
贅沢な趣味として、農作をしたい。
以前から、半自給自足のような暮らしには興味がある。
自分で野菜を育てたり、収穫したりする。
土の中には虫や微生物がいて、畑には鳥がやってくる。
できるなら、農薬や化学肥料に頼りすぎず、周囲の生き物とも折り合いをつけながら育ててみたい。
もちろん、思い描くようにいくとは限らない。
虫が増えすぎれば作物は傷むだろうし、鳥に食べられれば収穫は減る。
自然に任せておけば何でもうまくいく、とは思っていない。
それでも、土を育て、作物が育ち、生き物が集まってくる。
そんな場所を自分で世話してみたい。
ただ、僕は農業で生計を立てたいわけではない。
むしろ、生活費は別の仕事で確保しておきたい。
収穫できなければ暮らせない。
そうなった時、僕はきっと、雀のお裾分けなどと悠長なことを言っていられなくなる。
生きていくために必要な収入と、やってみたいことを、できるだけ切り離しておきたいのだと思う。
考えてみれば、文章を書くことも似ている。
書くことが好きだから書いている。
それが収入になれば嬉しい。
でも、収入にするために書きたいものを変えなければならないのなら、少し違う。
農作についても、同じような距離感でいたい。
作物を育てることそのものを楽しめるなら、たぶんそれが僕にとっての贅沢なのだろう。
もっとも、今のところ畑はない。
育てた作物もない。
あるのは、通勤途中の田んぼを眺めながら考えた理想だけだ。
米が好きなのは、僕も同じだ。
そもそも、僕は白米が好きだ。
炊きたてのご飯に味噌汁があれば、それだけで結構満足してしまう。
そんな僕が、稲を食べる雀に何か言えるのだろうか。
いや、言えるか。
僕はちゃんと米を買っている。
雀は買っていない。
しかし、雀に貨幣経済の話をしたところで、理解してもらえるとは思えない。
あちらには、あちらの暮らしがある。
僕には、僕の暮らしがある。
どこかで折り合いをつけながら、一緒に生きていくことができたら面白い。
そんなことを、まだ持ってもいない田んぼについて考えている。
結局、僕が見かけた雀は虫を捕っていたのだろうか。
それとも、本当に稲泥棒だったのだろうか。
今となっては分からない。
ただ一つ確かなのは、あの小さな雀のおかげで、僕は随分と楽しい考えごとをしたということだ。
もし、いつか自分の畑を持てたなら。
雀がやってきても、少しくらいは笑って眺めていられる人間でいたい。
もっとも、収穫を根こそぎ持っていかれたら話は別である。
お裾分けにも、限度はある。
P.S.
稲泥棒を目撃した数日後、田んぼ一面にオレンジ色のネットが展開されていた…。