以前、上司から謝られたことがある。
僕の給料を上げるために、裏で掛け合ってくれていたらしい。
何層か承認を通す必要があって、すぐには難しい。
そんな話だった。
僕は少し驚いた。
そもそも、給与にそれほど不満がなかったからだ。
それよりも、
僕の知らないところで、そこまで動いてくれていたことの方が嬉しかった。
ただ、話を聞いていると少し不思議な仕組みでもあった。
仮に個別で昇給しても、その後に基本給が改定されれば、皆の給与が引き上げられて差はまた小さくなる。
それなら、僕一人の時給を数十円上げるために何層も承認を通すより、評価制度そのものを良くした方がいいんじゃないか。
そんなことを思った。
だから、
「僕の昇給のことは、そんなに気にしなくて大丈夫ですよ。」
と伝えた。
その後、ちゃんと昇給した。
そしてしばらくすると、基本給そのものも上がった。
個別についていた差は、ほとんどなくなった。
同僚の中には、
「せっかく上がったのに、皆と同じになった。」
と不満を漏らす人もいた。
気持ちは分かる。
せっかく評価されて上がったのなら、その差が残っていてほしいと思うのも自然だ。
でも僕は、
「基本給そのものが上がるなら、えぇやん。ラッキー。」
と思っていた。
計算すると、月に七千円くらい増える。
七千円。
何を買おうか。
とは、あまり考えなかった。
僕が最初に考えたのは、
これなら、働く時間を少し減らしてもいいな。
だった。
必要なら、土曜日の三時間勤務を月に何度か減らせる。
その三時間を散歩に使ってもいい。
本を読んでもいい。
文章を書いてもいい。
何もしなくてもいい。
もちろん、そのまま働いて収入を増やしてもいい。
どちらでもいい。
僕が嬉しかったのは、七千円そのものより、
選択肢が一つ増えたことだった。
収入が増えたら、生活水準を上げる。
以前なら、それが自然な流れだと思っていたかもしれない。
でも今は、少し違う。
収入が増えたなら、その分だけ自分の時間を買い戻すこともできる。
働く時間を減らさなくてもいい。
でも、
減らしてもいい。
この「してもいい」が増えることが、僕には大きい。
結局、今のところは普通に働いている。
必要なら減らせる。
ただ、その選択肢を持っている。
それだけで少し軽い。
昇給した。
ラッキーだった。
給料が増えたからというより、
僕の時間を、少しだけ僕の方へ戻せるようになったから。