物を減らしたいわけではない。
少ない物で暮らせるなら、その方が良いと思っているだけだ。
服も、道具も、サービスも、数が増えれば増えるほど管理するものが増える。
どこで買ったのか。
いつ買ったのか。
次に買い替えるなら何を選ぶのか。
そういう小さな判断も、積み重なれば暮らしを少しずつ重くする。
だから僕は、暮らしの中に置くものをできるだけ精鋭化したいと思っている。
暮らしに溶け込むもの。
僕にとって良いものとは、最終的には暮らしに溶け込むものだ。
服なら、毎日着たいと思えるか。
道具なら、毎日使いたいと思えるか。
サービスなら、常に使いたいと思えるか。
性能が高いとか、値段が高いとか、有名なメーカーだとか。
そういうことも選ぶ途中では見るけれど、最後に残る基準はもっと単純だ。
自然と手が伸びるかどうか。
意識しなくても使い続けているかどうか。
そこまで暮らしに溶け込んだものを、僕は精鋭。として考えている。
反対に、あると楽しいけれど、なくても困らないものは贅沢。として分けている。
例えば、ChatGPT PlusやAmazon Prime、日本通信SIMは、今の僕の暮らしではほとんどインフラになっている。
毎回使うかどうかを考えるものではなく、最初からある前提で暮らしている。
だから精鋭。。
一方で、YouTube PremiumやNetflix、Apple Musicなどは贅沢。として見ている。
普段はYouTube Premiumだけを年払いで使っているけれど、Netflixなどは見たい作品がある時だけ契約し、そのまま解約する。
必要な時に足して、必要がなくなれば外す。
精鋭。は常設。
贅沢。は増設。
僕の中では、そのくらいの距離感がちょうどいい。
少なく持つから、惜しまず使える。
少ない物で暮らせるということは、一つの物に大きく予算を割けるということでもある。
十個必要なら、予算も十個に分かれる。
三個で足りるなら、その三個に集中できる。
だから僕は、良いもので、暮らしに必要なのであれば、そこへの支出はあまり惜しまない。
高い物が欲しいわけではない。
必要な物なら、高くても構わない。
反対に、どれだけ安くても、使わない物にはお金を払いたくない。
少なく持つことは、安く暮らすことと同じではない。
僕にとっては、限られたお金や時間を、必要なところに集中させるための方法でもある。
数を減らすことで、一つひとつを強くできる。
だから、精鋭。という言葉がしっくりくる。
愛着は、後から生まれる。
物を選ぶ時に、愛着があるかどうかはあまり考えていない。
愛着は、使っているうちに自然と生まれてくるものだと思っているからだ。
例えば、UNIQLOのウルトラストレッチアクティブジョガーパンツ。
Patagoniaのキャプリーン・クール・デイリー。
どちらも何度も着てきたし、消耗すればまた同じものを買うと思う。
でも、今持っているその一着そのものに強く執着しているわけではない。
破れれば買い替える。
古くなれば入れ替える。
僕が気に入っているのは、その個体ではなく、僕の暮らしに合っているその仕様なのだと思う。
だから、通年買えるかどうかも選ぶ時には結構重要になる。
限定色や限定柄にもあまり興味がない。
無地の物を好むのも、その辺りと関係している気がする。
長く使えるということは、同じ物を永久に使うことではない。
同じ型を、必要に応じて繰り返し選べることでもある。
仕様は固定。
個体は循環。
僕の精鋭。には、そんな感覚がある。
問題が起きるまでは変えない。
精鋭。も完成ではない。
その時点での固定。だと思っている。
基本的には、今使っている物で問題がなければ変えない。
新商品が出たから。
評判の良い物を見つけたから。
もっと高性能な物があるから。
それだけでは、わざわざ入れ替えようとは思わない。
でも、問題が出れば見直す。
最近では、Patagoniaのキャプリーン・クール・デイリー一枚で過ごしていると、発汗時に少し張り付きやベタつきを感じるようになった。
大きな不満ではない。
でも、少し気になる。
そこで、finetrackのドライレイヤークールを一枚足してみた。
今は試用中だ。
これで快適になるなら、今後の精鋭。に加わるかもしれない。
必要なければ外れる。
僕の中では、こういう時に最大化。が働く。
まず今あるもので暮らす。
問題が出たら、足してみる。
試す。
良ければ残す。
違えば戻す。
精鋭。は固定されているようで、ずっと途中。にある。
選ぶ場所も減らす。
僕は、メーカーもある程度揃える傾向がある。
アウターはPatagonia。
ボトムスや靴下、下着類はUNIQLO。
メーカーを揃えるのは、ブランドが好きだからという理由だけではない。
買い場そのものを精鋭化できるからだ。
メーカーが散りすぎると、買い物のたびに探す場所が増える。
比較する物も増える。
選択肢も増える。
でも、自分に合うメーカーがある程度決まっていれば、まずそこを見ればいい。
問題がなければ、同じ場所で買い直せばいい。
服だけではなく、今構想しているキャンプ道具も同じ傾向にある。
完全に一社へ統一するわけではないけれど、この分野ならまずここを見る、という場所を少しずつ決めている。
物を精鋭化する。
仕様を精鋭化する。
メーカーを精鋭化する。
買い場を精鋭化する。
そうすると、買い物そのものも少しずつ単純になっていく。
統一感も、暮らしの一部。
もちろん、実用性だけではない。
メーカーや物がある程度揃っている状態には、単純に美しさも感じる。
色や形や雰囲気に統一感がある方が、僕は落ち着く。
ただ、最初から統一することを目的にしているわけではない。
使いやすい。
買い直しやすい。
長く使える。
自分の暮らしに合っている。
そうやって選び続けた結果として統一感が生まれ、その統一感そのものも心地よくなっていく。
合理性と美学は、別々ではないのだと思う。
暮らしに馴染んだ物が並んでいる状態そのものが、僕にとっては美しい。
残すものを強くする。
僕にとって精鋭。とは、少なく持つための思想ではない。
暮らしに残すものを強くするための思想だ。
足る。を知れば、必要な数が見えてくる。
必要な数が減れば、時間も、お金も、選択肢も分散しにくくなる。
その分を、残したものに集中できる。
そして使い続ける中で、本当に暮らしへ溶け込んだものだけが残っていく。
問題がなければ、そのままでいい。
問題が起きたら、また考えればいい。
その時には足したり、変えたり、試したりする。
そしてまた、その時点での精鋭。を作る。
少なく暮らすことが目的ではない。
自分の暮らしに必要なものだけを残し、その一つひとつに十分な仕事をしてもらう。
今の僕にとって、精鋭。とはそういうものだ。